合う・合わないについて考えてみたい 好き嫌いとは少し違う フィーリング(感覚)になると思う

会社選びとか服を選ぶ時の感覚みたいな感じ方。フィーリング。人についても同じかな。

例えば僕は数学で悩んだ時期があったけど人のおかげで乗り越えた。その後大きく変わったのはこの先生のおかげだ。僕の数学好きは素質があったかもしれないのだけれど数学が輪をかけて好きになった。これっというきっかけは塾の先生と家庭教師との出会いだ。

その当時僕は理研英数学院と言う塾に通っていた。科目は数学、生物、化学の3科目だったと思う。数学の先あ生は東工大卒の若い先生で塾のオーナーでもあった。特に解説方法がすごく気にっていて最後に「~なのだ。」で締めくくるこのスタイルが好きだった。それに教え方、解き方が非常にうまかったしよくわかった。

家庭教師は今までブログで書いてきたS先輩だ。今は病院長をなさっているけど。もう一度お話しが出来たら楽しいだろうな。

さてここまではいい感じのお話し。

本番はこれから。社会に出ると人に関して言えば合う合わないが本当に良く出る。特に士業の人の合うあわないは激しい。僕は離婚をしているので今まで2人ほど離婚の相談を受け最後までお付き合いをさせて頂いた。内容は財産分与が中心。もちろんナーバスな問題なので弁護士の先生と税理士の先生にも気を遣った。もちろん両先生とも僕は良く知っている。それでも弁護士の先生と税理士の先生との意見が違うときには本当に苦労した。お互いの主張をまとめながら進めてなんとか円満に解決ができた。案件2件ともそれなりに苦労した。依頼主は友人なので僕はもちろん無報酬です。解決後にご飯を一緒に食べて、よかったね、だけ。いろいろあります。

それはそれで苦労した話しをもう一つ。僕がセカンドJOBの不動産管理の仕事でも同じことが言える。幸いなことに僕自身は弁護士案件は一度もない。けど同業の友人から相談を受け一緒についていく場面が何度かあった。M君(僕のこと)今の件どう思う?という具合。この弁護士さん大丈夫?この土地家屋調査士さん大丈夫?と僕も思う。士業の先生が必ずしも立派であるかどうかは別物です。この時は士業は人格が必要なお仕事なのかなと感じましたね。